芭蕉の句碑

「鷹一つ見つけてうれし伊良湖岬」

伊良湖シーサイドゴルフ倶楽部の入口近くに芭蕉の句碑があります。 芭蕉が貞享四年(1687年)11月、保美の里に隠棲していた愛弟子の杜国を訪ね、伊良湖岬を清遊した時に詠んだ句です。

句碑はこの地方の俳人が芭蕉来訪100年を記念して、寛政5年(1793)に建立したものです。

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体験レポート

芭蕉も見た鷹の渡り


ドライブ途中の休憩スポット

 伊良湖岬にほど近い伊良湖シーサイドゴルフ倶楽部の入口近く、国道に沿った岩の上に松尾芭蕉の句碑を見つけることができます。「鷹一つ 見つけてうれし 伊良湖崎」と刻まれたその句碑は、寛政5年(1793)、地元の俳人たちが伊良湖岬の通称・雄岩の上に建てたもの。その後、昭和58年(1983)には芭蕉句碑園地として付近が整備され、新しく芭蕉の真筆を複製した句碑も建立されています。まわりには休憩所や駐車スペースもあるので、ドライブの途中に一息つくのにはもってこいの場所といえそうです。

再会の喜びを素直に表現

 芭蕉が渥美半島を訪れたのは、貞享4年(1687)、44歳の時。東海道をたどって吉田(豊橋)から三河湾沿いに保美の里へ向かいました。師弟3人とともに伊良湖岬を清遊し、この時「鷹一つ」の句が作られたのです。芭蕉の愛弟子・杜国は尾張の裕福な米問屋でしたが、禁止されていた米相場を行った罪で、保美の里に謹慎していました。芭蕉は「笈の小文」の旅の途中、弟子の越人と二人で杜国を訪ね、彼の境遇を慰めたのでしょう。芭蕉と愛弟子の久しぶりの再会。伊良湖で鷹が飛ぶ風景は確かによく見かけますが、ここでの「鷹」とは杜国のことではないでしょうか。「きみに会えてうれしい」と、素直にうたいあげた芭蕉のやさしさに心打たれます。
 芭蕉の「卯辰紀行」には、「此州崎にて碁石を拾ふ。世にいらご白というとかや。骨山と言ふは鷹打処なり。南の海のはてにて、鷹のはじめて渡る所といへり。いらご鷹など歌にもよめりけりとおもえば、猶あはれなる折ふし、『鷹一つ見つけてうれしいらご崎』」と記されています。
 海辺で白い石を拾い、鷹の舞う姿にはるばる南の果ての海まで来たことを実感し、無心に波間を歩く芭蕉と弟子たちの姿が目に浮かぶよう。それは、勇壮な鷹の渡りを目にして歓声をあげる、現代の旅人たちの心境にも重なるような気がします。

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龍泉寺の芭蕉の句碑

龍泉寺の芭蕉の句碑
龍泉寺の芭蕉の句碑

 田原市寺下通りの龍泉寺境内にも、松尾芭蕉の句碑があります。芭蕉が貞享4年(1687)弟子の杜国を訪ねて伊良湖に向かう途中、天津畷(現在の杉山町天津地内)あたりで詠んだ句が記されています。「寿久三行や 馬上に氷る 影ぼうし」(寒風に身のすくむ思いで馬上の自分の姿は凍りついた影法師のようである)。
 天明2年(1782)芭蕉没後88年の忌日に、田原の俳人たちが芭蕉をしのんで建てられました。龍泉寺には芭蕉像一幅と芭蕉自筆の句帖も保存されています。